計16643人が駆け抜けた、かすみがうらマラソン兼国際盲人マラソン2019。国際盲人マラソンでは、視覚障がいランナーの工藤星奈さんが自己最長距離となる5kmに挑戦しました。その伴走を務めたのは、工藤さんとの3回の伴走練習会を経てスタートラインに立った女優・ヨガインストラクターの松本莉緒さんです。 2人の目標は明確で、工藤さんの目標は5kmのレースで1km6分ペースをキープする30分切り。松本さんの目標は視覚障がいランナーにとって真っ直ぐ走ることが難しい“レース”という場で、記録に挑戦する工藤さんをストレスなくゴールに導くこと。2人がチャレンジした、4月14日のレースを振り返ります。
レース前に気持ちを1つにする
大会当日、ゲストランナーとして大会に参加した松本さんは朝から過密スケジュールをこなしていきます。ヨガインストラクターの松本さんは、大会のメインステージでのウォーミングアップとして、ヨガのステージに立ちました。
工藤さんはヨガウォーミングアップを終え、次は走ってのウォーミングアップ。この日は工藤さんの伴走をこれまで務めてきた、筑波大学附属視覚特別支援学校の佐藤北斗先生がウォーミングアップの伴走を行いました。 その頃には、スタート地点で10マイルとマラソンのスタートを見送っている松本さん。その後ウォーミングアップを終えた工藤さんが、5kmのレースのスタート前にやっと松本さんと合流します。この2人でのウォーミングアップの時間は十分に取れなかったものの、レースに向けてお互いの心を1つにする方法は、やはり“ヨガ”でした。
レース前まで離れ離れだった2人は、スタート前にしっかりと気持ちを1つに合わせていきます。そして、10時30分にスタートの号砲が鳴り、レースが始まりました。
苦しみを乗り越える“言葉とアクション”
レース開始直後は混雑する集団で冷静に走る2人でしたが、前が空いた時に「やるっきゃない!前へ、前へ!」と、工藤さんが勢いよく飛び出し、松本さんもリズムを上げていきます。レース序盤は目標ペースより速く入り、レースの中盤を迎えます。
この日は向かい風が気になるコンディション。折り返し地点を過ぎてから、工藤さんの表情が苦しくなってきますが、そんな時こそ松本さんの声かけが重要です。 「彼女が苦しくなると目線が下向きになってきてフォームが崩れるので“イチ、ニッ、イチ、ニッ(1,2,1,2…)”と、声をかけつつ、“両側に田んぼがあるよー!青い空が綺麗だよー!”と、リラックスするような声かけもしつつレースを進めていきました。」 ガイドランナーは基本的な走行に関する指示だけでなく、2人で築いてきた絆があるからこその言葉のやり取りがあるものです。5kmレースの1番の我慢どころの3〜5kmの終盤。沿道の声援が多くなるものの2人の表情は歪んできます。
ゴールまで1kmを切ったところで、2人はラストスパートをかけます。苦しいながらも最後は笑顔で工藤さんを先導したのは松本さんでした。 「彼女は本当に苦しそうで足が前に出ていなかったんですが、そこでロープをグッと引っ張って、合図を出しました。」 “最後の合図”を肌で感じ取った工藤さん。そこからペースを上げていき、松本さんも同じ足並みでゴールを目指します。最後は気迫のラストスパートで、見事に目標の30分切りを達成する28分39秒でゴールラインを駆け抜けました。
「今日はダメかな…と、思った瞬間もありました。体は疲れていたんですが、それでも応援されるとだんだんとやる気が出てきたんです。」 このようにレースを振り返った工藤さん。全てのランナーにとって声援は追い風となりますが、最後は一番近くでロープをグッと握った松本さんの後押しがありました。
目に見えるものだけが真実ではない
レースを終えて、松本さんはこのように振り返ります。 「3回の伴走練習会を通じて、目が見えないとは思えないぐらい星奈ちゃんの明るさを感じていていましたが、今日は彼女らしいスタートダッシュでした。そこからペースを調節しながら苦しい時もありましたが、2人で目標が達成できて嬉しいですし、星奈ちゃんと今回チャレンジできて本当に良かったです。」
続いて、工藤さんはこう話します。 「ピアノのコンクールでもそうですが、“達成感”を感じる瞬間が好きです。走ることで、風を切ったり、応援されるのも好きです。これからもっと記録を伸ばしていけそうですし、また莉緒さんと走りたいですね。」
この3ヵ月間の2人のチャレンジで、それぞれが得たものはかけがえのない体験であったことでしょう。レース後、松本さんはこの3ヵ月間を回想しながら、伴走にチャレンジするに至った経緯について話しました。 「目に見える世界と、目に見えない世界がお互いに尊重しあって、“力を合わせて生きていけるといいな”と、ヨガを通じて感じてきました。目に見えるものだけが“真実”ではない、と。そんなメッセージをたくさんの人に伝えられればと思って、今回伴走にチャレンジすることを決意しました。」 その言葉は、ヨガインストラクターとして活躍する松本さんらしい言葉でした。
2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を控え、障がい者も健常者と同じように目標にチャレンジする機会が今後さらに増えていきます。そして、国際盲人マラソンなどのロードレースも、視覚障がいランナーや伴走者のチャレンジの場として今後も存在意義を持ち続けることでしょう。
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[第1回伴走練習会のレポートはこちら]
笑顔とヨガがもたらした2人の絆
[第2回伴走練習会のレポートはこちら]
より信頼される伴走者となるために
[第3回伴走練習会のレポートはこちら]
2人で目指すゴールに向けて準備万端
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河原井 司
ライター。かすみがうらマラソンでは2015年大会に2時間57分09秒でマラソンを完走し、2018年大会では視覚障がいランナー・伴走者とともにマラソンを完走。